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2021年7月14日(水)
チャレンジ上越(フルサトで始めたフルサットの話・その1)

上越の未来に向かってチャレンジする上越人を紹介します。
この数年間、ふるさとの上越市では、地域活性化に向けて、新しくチャレンジする動きが増えているように見受けられます。
伝統ある文化、観光、飲食、農業、工芸、他地域との交流、移住、起業など分野はさまざまで、テーマもチャレンジする人もいろいろです。その成果は十分現れているとは言えませんが、そのパワーは、上越市の将来への変革にも、少なからぬ影響を与えることと思います。
そうしたチャレンジする代表の一人として、若手の平原匡氏がいます。市の玄関口「上越妙高駅」の西口広場に展開するコンテナタウン「フルサット」の代表者です。まさに、徒手空拳で、何もないゼロから新カルチャー創生にチャレンジしてきました。現実は、厳しくても、夢を追って、情況を切り拓く努力を続けています。
その平原社長からご寄稿いただきました。これから3回にわたって、スタートの経緯、奮闘、夢と展望を語ってもらいます。上越の応援団たる当会の会員の一人として、こうした、夢をもった挑戦も応援していきたいと思っています。     (伊藤利彦 記)

 

フルサトで始めたフルサットの話(その1)

北信越地域資源研究所 代表取締役 平原 匡(ただし)

コンテナの初号機を置いた様子。2015年夏頃 

 昨年12月、上越妙高駅西口の「フルサット」内で、「フルサットアップス(UPS)講座」を開講しました。先の見えないコロナ禍の状況でも「新しいことを始めたい人」が集まり、起業のノウハウ、先輩起業家の経験談を聞くことが出来るスタートアップコミュニティの形成を目指し、お陰様で熱意ある皆さんにご参加頂き、アフターコロナへの胎動を感じるスタートとなりました。今後も「フルサット」に集う才能を活かして、継続します。

 2016年6月にスタートした「フルサット」はもうすぐ5周年。現在では入居者も増えて、7店舗、4オフィスのコンテナタウンとなっています。

 私自身は上越市の生まれで、今はない脇野田駅の近所、昔の「茶屋町」に実家があります。大和小、城西中、高田高卒の「ジモト民」です。東京の大学の建築学科へ行ったのですが、新しい建築より、古い建築が好きだったので、研究のために卒業後は縁あって佐渡で、歴史的建造物に関するNPO活動などに従事しました。

 今で言う「地域おこし協力隊」でしょうか?政府が「観光立国」を宣言した頃、そこから地域づくりや今で言う地方創生のテーマに出くわす場面が増え、今に繋がっています。

 さて、佐渡島にいた時から、漠然と「新しい場所を作りたい」と思っていました。自分の居場所探しもあったかもしれませんが、これからの先を見越して、人が集まる場所を作りたい。そういうことをイメージしていました。

 2015年春の新幹線開業を前に、当時のイメージでは、「様々な開発の話が出てきて、いわゆる観光や地域活性化に向けた〇〇コミュニティプラザや〇〇ガイドセンターなどが官民連携で立ち上がって、そういう場所が出来る。そんな場所が出来て、そこで働けると良いなぁ」と思っていて、自然とその方向になるだろうと流れに期待していました。

 しかし、当地では北陸新幹線開業へのカウントダウンはまるで只の日めくりカレンダーのように消化されて行きました。新幹線開業に向けた上記のような空間作りの話の気配はなく、だんだんと時間だけが過ぎて行きそうな焦りみたいなもの、二度とないチャンスなんじゃないか?逃したらもったいないと感じていました。

 そうこうしているうちに2014年の新年になり。自分が感じるフルサトでのモヤモヤを払拭すべく前に進めることにしました。

 上越妙高駅前に何かを作るのであれば、地域のアイコンとしても珍しい、建築デザインとしても新しい形であることが必要。漠然と、というか、直感的な意識が働いていました。「場所」に意味を与える「建築」や「空間」の存在がとにかく必須だと思っていました。また、建物だけではない新幹線という交通システムによって生まれる「人々の動き」が周囲にも影響してくれると期待しました。

 ビルディングを建設することは費用的に出来なくとも、上越妙高駅前に上越妙高や新潟県各地のエッセンスが集まったコンパクトながらユニークな空間を作る。コンテナ(container)にコンテンツ(content)を集めて、駅前に象徴的な空間を作りたいと更地を見ながら思いました。更地ながら「フルサット」という名前を前に出してスタートしたのもそこに意味があり、吸引力に期待しました。新しい物体や空間がもたらす変化が見たかった。フルサトで何か始めることでフルサトの変化が楽しみでした。

 直感というものはあったのですが、確実に成功する保証はない。しかし、何事もそんなものだと思いながら、やるなら今しかない!という気持ちだけでした。もし失敗したら?と考えずに進むことにしました。全体の構想作りに一緒に取り組んでくれそうな建築家の中野一敏さん(上越市出身)に相談し、企画を始めました。まずはコンテナを1つ象徴的に置いて、「スタート地点」を設定し、「これからの成長する街」を印象付けることにしました。(つづく)